SAP HANAはSAP社が提供するデータベースシステムです。データの高速処理とリアルタイム分析に優れ、大規模データ解析やSAP S/4HANAのERP基盤として利用されています。
本記事ではSAP HANAの概要、特徴、名称の類似するソリューションである「SAP S/4HANA」との違い、SAP HANAを導入するメリットや企業の導入事例を解説します。
1. SAP HANAとは
ドイツのSAP社が提供するSAP HANA(エスエイピー ハナ)とは、データをディスクに保存せず、メモリ上で展開するマルチモデルデータベースです。
通常のデータベースがハードディスクやSSD上でデータを処理するのに対し、SAP HANAはデータをメインメモリ上で管理・処理します。
そのため、従来のデータベースが抱えていた、データ量の増加に伴うハードディスクへの書き込みや変更処理の長時間化という課題を、高速なデータ処理によって克服しています。
SAP HANAは、オンプレミス型の「SAP HANA」とクラウド型の「SAP HANA Cloud」から選択でき、企業は自社に最適な環境を選ぶことができます。
2. SAP HANAの特徴
SAP HANAの概要に加え、特に着目すべき特徴をご紹介します。
インメモリ型データベース
SAP HANAの大きな特徴の1つは、インメモリ型データベースであることです。インメモリデータベースとはメインメモリ(RAM)上にデータを保持し、処理を完結させるデータベースを指します。
ハードディスクやSSDなどの補助記憶装置にデータを保持するという従来の方法に比べ、処理の高速化を実現したことは大きな利点です。これにより、データの分析・表示にかかる時間や各種処理の時間の短縮が期待できます。
また、SAP HANAはインテル社製の不揮発性メモリに対応しており、データベースの一部に配置することが可能です。不揮発性メモリはサーバーダウン時でもメモリ上のデータを失わずに、即時再起動が可能です。この特性により、業務の継続性が大幅に向上します。
カラム型のデータベース
SAP HANAは、従来のロー(行)指向型ではなく、カラム(列)指向型のデータベースを採用している点も特徴の1つです。カラム指向型データベースでは、行(横方向)ではなく列(縦方向)ごとにデータの取得や取り出しを行います。
これにより、カラム型データベースはロー型に比べデータ圧縮の効率が高く、ストレージ使用量の削減が可能な上に高速なデータ処理が可能になるという特徴があります。
例えば、特定の列だけを操作するクエリ(集計やフィルタリングなど)の処理効率化が期待でき、データ分析の高速化も実現できます。
統合管理型プラットフォーム
SAP HANAはこれまでに紹介した特徴により、データウェアハウス(DWH)として優れた役割を果たします。しかし、SAP HANAはデータ管理だけにとどまらず、分析処理やアプリケーション開発を1つのプラットフォームで実現できる特徴を持っています。
このようにリアルタイムで収集されるデータを活用することができるため、ビジネスの高速化や最適化を推進するための強力なツールとして活用できます。
また、SAP HANAは全てのデータをメモリ上に保持するインメモリデータベースを基盤としており、リアルタイムに処理されるデータを機械学習を用いて分析・活用することも可能です。
このような特徴により、企業はインサイトに基づく意思決定をサポートするアプリケーションを効率的に構築できます。こうした機能は、企業にデータ活用の高度化をもたらし、効率的な意思決定や業務プロセスの改善に寄与するでしょう。
クラウド・オンプレミスに対応
SAP HANAはオンプレミスとクラウドの双方での利用に対応しています。
オンプレミス型では、ハードウェアを自社で準備することで、自社の要件に応じた柔軟なカスタマイズや高いセキュリティを実現できます。
しかし、自社でハードウェアを準備する必要があるため、初期導入コストや運用負荷が比較的大きいというデメリットもあります。また、導入から運用までの全工程を自社で管理する必要があり、専門的な知識を持つ人材の確保や育成が求められます。
一方、クラウド型では、初期投資として高額なハードウェアやインフラを準備する必要がない上、導入にかかる期間も短く、手軽に利用できます。
また、ベンダーのサポートを受けながらスムーズな導入が可能であり、自社で導入プロジェクトを進める負担を軽減できます。さらに、バージョンアップやセキュリティ更新といった運用もベンダー側で対応するため、手間や管理コストを抑えられます。
ただしクラウド型では、カスタマイズ性がオンプレミス型と比べて制限される場合があるほか、サブスクリプション型の料金体系のため、長期間利用した場合に総コストが割高になるケースもあります。
また、インターネット環境への依存度が高いため、接続障害時にはシステムの利用に支障が出る可能性も考慮しなければなりません。
必要に応じてオンプレミスとクラウドを使い分けたい場合は、両者を併用するハイブリッド型での利用も可能です。
導入の際はシステム全体を俯瞰し、独自の仕様や高いセキュリティ要件が求められる箇所にはオンプレミス型を、ベンダーが提供する仕様で快適に使用できる箇所にはクラウド型を導入するなどの柔軟なシステム構築も可能になります。なお、オンプレミス型はERPであるSAP S/4 HANAや人事管理ソリューションであるSAP SuccessFactorsなどと組み合わせた導入が必要となります。
3. SAP HANAとSAP S/4HANAの違い
SAP社はSAP HANAと名称の類似する「SAP S/4HANA(エスエイピー エスフォーハナ)」というソリューションを提供しています。どちらにも同じ「HANA」という名称が含まれていますが、両者はまったく別のソリューションです。
SAP HANAとSAP S/4HANAのおおまかな違いは、以下の表に示すとおりです。
項目 | SAP HANA | SAP S/4HANA |
構築環境 | クラウド/オンプレミス/ハイブリッド | クラウド/オンプレミス/ハイブリッド |
メイン機能 | データベース | SAP HANAを基盤としたERPソリューション |
その他の機能 |
分析処理 アプリケーション開発 アナリティクス データ仮想化 |
業務プロセスの統合 リアルタイム分析 SAP Fioriによる高度なUX |
SAP HANAは分析処理、アプリケーション開発、データ仮想化などのさまざまな機能をもちますが、中心となるのはデータベースとしての機能です。
一方、SAP S/4HANAはデータベースにSAP HANAを搭載したERPソリューションのことを指し、業務プロセスの統合、データのリアルタイム分析、SAP Fioriによる高度なUXなどの機能を有します。
SAP HANAはSAP S/4HANAの動作基盤であるため、SAP S/4HANAはSAP HANAの機能を内包しているといえます。
4. SAP HANAのメリット
インメモリ・カラム型のデータベースで、分析処理やアプリケーション開発も可能であるSAP HANAを導入することで、企業はどのようなメリットを享受できるのでしょうか。
高速なデータ処理
SAP HANAはオンライン分析処理(OLAP)とオンライントランザクション処理(OLTP)という2つの処理を1つのプラットフォーム上で統合することにより、従来に比べ高速なデータ処理が可能です。
OLAPとは、主に分析用に大量のデータを処理できるように最適化されたシステムのことで、複雑な計算やモデリングなどを得意とし、意思決定のサポートや経営層向けのレポート機能などに適しています。
一方、OLTPは迅速な応答を必要とする対話型タスクに最適化された処理のことで、この処理ではユーザーとの多くの入出力インタラクションを迅速に処理することが求められます。
SAP HANAはこれらの処理をリアルタイムで実行することで、高速なデータ処理を可能にし、業務の効率化と迅速な意思決定をサポートします。
データ分析の高度化
SAP HANAでは列と行の概念を持つ構造化データだけではなく、特定の構造を持たない非構造化データを扱うことも可能です。非構造化データにはメール、文書、画像、動画、音声、ログなどのあらゆるデータが含まれます。
非構造化データは、構造化データのようにデータとして整理されていない反面、新たな用途にあわせて自由に応用できるというメリットがあります。
この非構造化データから所定の用途に必要な部分を抽出し機械学習や分析ツールと連携させることで、より多くのデータを分析に活用できるようになります。その結果、新たなインサイトの発見や分析の精度向上につながるでしょう。
システム運用の最適化
SAP HANAの導入により、SAP HANAを中心とする社内システム全体の最適化が可能になります。
従来は部門ごとに運用・管理していた業務システムをSAP HANAに連携または一元管理することで、データの連携がスムーズになり、システムを横断する際の煩雑な処理を解消できます。
またデータの圧縮機能やインデックス削除などの機能を活用することで、メモリ容量を節約しながらデータを効率的に管理できるため、管理コストの削減も可能になります。
リアルタイムに収集したデータを高速で処理するSAP HANAは、最適化されたERPシステムを構築するプラットフォームとして有効な選択肢となります。
迅速な意思決定の実現
企業や社会のDX化が進むにつれ、企業の保有するデータの総量は右肩上がりに増加することが予想されます。そのため、データの処理・分析の高速化の重要性は日々高まっており、経営層や意思決定者にとってはより重要度の高いものとなっています。
SAP HANAをベースとするERPソリューションでは、経営陣の意思決定に必要なデータを迅速に処理・分析できるため、意思決定にかかる時間を短縮することができます。
また一元管理されたシステムで収集される情報もリアルタイム性が高いため、情報やデータの品質も高く、意思決定の精度を高める一助となるでしょう。SAP HANAは、意思決定という観点からも企業の競争力向上に寄与します。
5. SAP HANAの導入事例
SAP HANAはデータベースの最適化や業務効率の向上など、さまざまな用途で多くの企業に利用されています。自社の課題を解決するソリューションとして、SAP HANAを導入した企業の事例を紹介します。
Hyundai Elevator 社の事例
エレベーターなどの産業機械の製造を行うHyundai Elevator社では、データを管理するシステムが部署や地域ごとに孤立し、連携できないサイロ化された状態となっていました。
そのため、重要な意思決定の根拠となるデータの正確性やリアルタイム性が欠如しており、意思決定への影響が課題となっていました。同社は課題解決のために統合されたデータベース基盤の構築を目指し、SAP HANA Cloudの導入を決定します。
導入の際は、SAP HANAをアプリケーションの1つであるSAP Datasphereとも連携させることで、外部データソース、ERPシステム、購買管理システムを接続したデータアクセスの一元化を実現しました。
一元化によりデータの分析や視覚化、レポートなどを行うSAP Analytics Cloudともスムーズに連携でき、データのトレンドやインサイト分析のリアルタイム性も向上しました。
その結果、課題となっていたデータの整合性と正確性が改善され、分析にかかる時間の短縮も実現しています。
同社はSAP HANAの導入により、部門や地域ごとに独立した非効率なデータ基盤から脱却し、データの量、品質、用途を組み合わせたデータによる価値創出の基盤の構築に成功しています。
Centrica 社の事例
電力・エネルギー事業を手掛けるイギリスのCentrica社では、小規模発電を行う顧客が発電したエネルギーを買い取る国内の取り組みであるSmart Export Guaranteeを運用する仕組みに課題を抱えていました。
具体的には、定期保守の際にシステムをオフラインにしなくてはならないことや、人材の不足、顧客の管理コストが課題となっていたのです。
同社はこのような課題を解決するため、拡張性の高いクラウドデータベースへの以降の手段として、他社データベースからSAP HANA Cloudデータベースへの移行を選択しました。
SAP HANA Cloudの導入により、同社では請求シミュレーションなどの操作に必要なデータへのアクセスデータ処理手順の高速化が可能になりました。
またSAP HANA Cloudから取得した請求データを、支払い処理や顧客への連絡文書作成などの関連業務に連携するフローの円滑化も実現しました。
結果として、クラウド移行により約2,600万円のコストと毎年約540万円のハードウェア費用の削減に成功しました。業務ダウンタイム時間も78%削減し、異常なシステムエラーの発生率も13.5%低下、顧客からのクレームも48%削減しています。
6. まとめ
SAP HANAとは、データをメインメモリ上で管理・処理するマルチモデルデータベースです。通常のデータベースよりも高速なデータ処理が可能なインメモリ・カラム型のデータベースで、データ管理に加えて分析処理やアプリケーション開発の機能もあわせ持ちます。
SAP HANAはクラウド・オンプレミス双方での利用に対応しており、導入によって高速なデータ処理による業務効率化、データ分析の精度向上、システム運用の最適化、迅速な意思決定などのメリットを享受することができます。
導入企業の事例からも、サイロ化したデータベースの統合、データアクセスの円滑化やリアルタイム分析、クラウド移行によるシステム運用効率の向上やコスト削減など、企業のさまざまな課題解決に活用できることがうかがえます。
これらの課題を抱えている企業にとって、SAP HANAの導入は有効な解決策となるでしょう。次世代データベースへの刷新を考えている企業は、導入を検討してみてはいかがでしょうか。