SAP(エス・エー・ピー)社は、ERP業界で世界トップシェアを獲得している企業です。主力製品である「SAP S/4HANA」は、大企業のみならず、中堅・中小企業向けのソリューションとしても存在感を増しています。
また、近年のSAP社は「インテリジェントエンタープライズ」という構想のもと、S/4HANAと周辺システムを連携させた新たなソリューションも提供しています。本記事では、SAP社の成り立ちや、主力製品であるERPの機能と特徴、ERPと連携可能な周辺システムなどを網羅的に解説します。
ERP業界の巨人「SAP」とは
SAP社は、1970年代から一貫してERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)を開発し続けており、グローバル市場をけん引する存在です。ここで、SAP社と主力製品である「SAP ERP」の歴史をおさらいしておきましょう。
SAP社の歴史
SAP社は、1972年にドイツのヴァルドルフで、IBM出身の5人のエンジニアにより設立されました。SAPという社名は「Systemanalyse und Programmentwicklung」(システム分析とプログラム開発)を略したものです。
SAP社では、設立当初から「リアルタイムのデータ処理」を重視し、企業の資源計画と経営判断を効率化するERPを開発しています。現在は190か国以上でサービスを提供し、企業の成長を支える重要なパートナーとしての地位を確立しています。
SAP社の主力製品「SAP ERP」
SAP社の「SAP ERPシリーズ」は、ERPパッケージの代名詞とも言える主力製品です。SAP ERPには、グローバル市場から吸収した経営のベストプラクティスが集約されており、国籍や業態を問わず、多種多様な企業に対して導入実績があります。
ERPとは?
ERPとは「Enterprise Resource Planning」の略称で、日本語では「企業資源計画」と翻訳されます。もともとは企業経営の世界で提唱されていた考え方で、具体的には企業内に存在する資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の状況を適切に運用するための計画を指します。
この考え方をもとにして作られたソフトフェア群が「ERPパッケージ」です。近年では「ERP=企業内の経営資源に関する情報を一元化し、リアルタイムな経営判断に役立てるためのシステム」として定着しています。
SAP社におけるERPの歴史
SAP社は1973年に「R/1」をリリースして以降、下記のようにERPを進化させてきました。
- 1973年、財務会計領域に特化した最初のERP「R/1」をリリース
- 1979年、メインフレーム方式に対応した「R/2」をリリース
- 1992年、クライアントサーバー方式に対応した「R/3」をリリース(同時期に日本法人が設立され、日本でもERPブーム到来)
- 2011年 、インメモリデータベース「SAP HANA」をリリース。次世代のERPを支える高速処理基盤として登場
- 2015年、SAP HANAを基盤とした新世代のERP「SAP S/4HANA」をリリース
- 2016年、クラウド版「SAP S/4HANA Cloud」をリリース
2024年現在の主力製品は「SAP S/4HANA」です。特に近年では、クラウド移行の潮流に沿って「SAP S/4HANA Cloud」へのニーズが高まっています。
SAP社の代名詞「SAP S/4HANA」とは
SAP S/4HANAは、従来のSAP ERP(R/3世代)の特徴を踏襲しつつ、基礎的な処理能力の向上やクラウド対応など、新しい付加価値を備えた製品です。ここでは、ASP S/4HANAの特徴を解説します。
インメモリデータベース「HANA」を採用
SAP S/4HANAには、インメモリデータベース「SAP HANA」が採用されています。SAP HANAは「インメモリデータベースであること」と「カラム型データベースであること」が大きな特徴です。
高速処理を実現するインメモリデータベース技術
インメモリデータベースとは、データをメインメモリ上に保持し、さまざまな処理(集計・分析、データ追加・削除・更新など)をメインメモリ上で行うデータベースです。
旧来のオンディスクデータベース(ストレージ上でデータを処理するデータベース)よりも処理速度が大幅に向上し、数百倍~数万倍のパフォーマンスを発揮することもあります。
集計・分析に強いカラム型データベースの採用
一般的なリレーショナルデータベースは、ロー型(行指向型)です。OracleやMySQL、DB2やSQL Serverなど、メジャーなデータベースの多くがロー型データベースを採用しています。「行」をひとまとまりのデータとして扱いつつ、データの追加・削除・更新・検索などの処理を実行します。
これに対して、カラム型(列指向型)データベースであるSAP HANAは「列単位」での処理が基本です。列(縦方向)のデータは「同一項目」のデータであり、データの性質にバラつきがありません。
行単位(横方向)のように「数値」「名称」「価格」などが混在しないため、データの圧縮効率を高めやすく、集計や分析に強い点が特徴です。ただし、カラム型データベースには「データの追加・削除・更新など“オンラインで行われるトランザクション処理”が遅い」という弱点もあります。SAP HANAでは、この弱点を「デルタバッファ」という技術で克服しました。デルタバッファとは、データベースの処理内容を一時的に書き込む領域のことです。「L1デルタ」と「L2デルタ」の2種類が用意されており、
データベースに対して追加・更新・削除が行われると、データは一時的にL1デルタに書き込まれます。
L1デルタはロー型データベース形式のため、追加・更新・削除が行われても速度は低下しません。L1デルタに書き込まれた段階でオンラインの処理は完了し、その後にバックグラウンドでカラム型データベース形式のL2デルタへと変換されます。ユーザ側から見ると、L1デルタに書き込まれた段階で処理が完了するため、速度低下を体感することはありません。
このように、SAP HANAでは2つのバッファ領域をうまく使い、カラム型データベースの弱点をカバーしているのです。
オンプレミス/クラウド両対応 「SAP S/4HANA」
SAP HANAを基盤技術に採用して作られたERPが「SAP S/4HANA」です。SAP S/4HANAは従来のSAP ERPと同様に、財務会計や在庫購買管理、販売管理、人事給与管理などの機能を備えています。
これらの機能は業務領域ごとに分類されており「モジュール」と呼ばれます。以下は、SAP S/4HANAにおける主要なモジュールです。
財務会計(FI)
財務諸表などの社外向けレポート作成を支援します。総勘定元帳や売掛金、買掛金のデータをリアルタイムでほかのモジュールと連携し、損益計算書や貸借対照表を自動作成する役割を果たします。
原価管理(CO)
社内向けに原価や収益性を分析する管理会計に必要な機能を提供します。間接費や直接費の集計、事業や製品別の収益把握、集計した間接費を製造部門に予算として配賦する役割などを担います。
販売管理(SD)
見積もり、受注、出荷、請求書送付などの販売プロセスを一括管理するモジュールです。売上データをFIモジュールと自動連携し、業務の効率化や売上予測を可能とします。
在庫購買管理(MM)
製品在庫や購買管理、入出庫処理などを効率化します。資材所要量計画に基づいた自動発注や区分別の仕訳連携により、正確な在庫把握と余剰在庫の削減を実現可能です。
生産管理(PP)
生産計画の立案、生産指示、工程管理を行うモジュールです。生産実績は在庫や原価管理モジュールと連携し、資材や工数の利用状況を可視化します。
人事給与管理(HR)
給与計算、勤務時間管理、人材配置などを支援します。外部ツール「SAP SuccessFactors」との連携により、タレントマネジメントやパフォーマンス管理など高度な人的資源管理も可能です。
プロジェクト管理(PS)
プロジェクト全体の計画・実行・進捗を一元管理します。工期や予算の最適化により、特に建設業や製造業で実施される大規模プロジェクトの運営を効率化できるでしょう。
プラント保全(PM)
保全作業の計画、スケジュール、進捗を管理するモジュールです。各工程の指示内容や進捗状況を一元的に把握し、保守運用をサポートします。
品質管理(QM)
在庫の品質検査を計画・実施するモジュールです。検査結果に応じて在庫の利用可否を自動判定し、品質管理と在庫管理を連動させます。
拡張倉庫管理(EWM)
多品目の在庫管理やロケーション管理、人員計画を支援します。在庫同期機能により、MMやPPモジュールとのリアルタイムな連携が可能です。
サービス管理(CS)
納品後のアフターサービス全般を管理するモジュールです。契約状況、保証内容、修理進捗などを可視化し、顧客サービスを向上させます。
クラウド版「SAP S/4HANA Cloud」
SAP S/4HANAは、オンプレミス版とクラウド版の2つが提供されています。クラウド版である「SAP S/4HANA Cloud」は、さらにパブリッククラウド版、プライベートクラウド版に分類されます。
SAP S/4HANA Cloud Public Edition(パブリッククラウド版)
SAP S/4HANA Cloud Public Editionは、パブリッククラウドを活用したSaaS型ERPソリューションです。ゼロから新しいシステム環境を構築する「グリーンフィールド方式」での導入が基本となり、既存システムからのトランザクションデータの移行を行わないシンプルな構築に向いてます。
一方、拡張性に制限があることから、大規模なカスタマイズ・アドオン開発が必要な企業には向いていません。
SAP S/4HANA Cloud Private Edition(プライベートクラウド版)
SAP S/4HANA Cloud Private Editionでは、旧世代のSAP ERP(ECC6.0)やオンプレミス型のS/4HANAと同様に、高度なカスタマイズ・アドオン開発が可能です。多様な拡張方法(キーユーザー拡張、開発者拡張、クラシック拡張、Side-by-Side拡張)をサポートしており、Public Editionでは実現が難しい固有要件を実現できます。
移行方法には「新規導入(Greenfield)」「システムコンバージョン(Brownfield)」「選択データ移行(Bluefield)」の3つがあり、既存システムをそのままアップグレードしたり、特定データのみを移行したりと、柔軟な移行が可能です。
SAP社が掲げる「インテリジェントエンタープライズ」構想とは
SAPを理解するうえで欠かせない要素に「インテリジェントエンタープライズ」があります。インテリジェントエンタープライズはSAP社が掲げるコンセプトであり、ERPの役割を大きく変えるものです。
SAP社の「インテリジェントエンタープライズ」とは
インテリジェントエンタープライズとは「データと先進技術(AI、IoTなど)を活用し、業務の高度化や効率化を進め、高付加価値な業務に従事することを目指す企業」です。連携性(部門間やシステム間の統合)、革新性(新技術導入による業務進化)、機敏性(環境変化への迅速対応)の3要素を重視します。
SAP社では、インテリジェントエンタープライズの実現によって、以下の価値がもたらされると解説しています。
回復力: サプライチェーンの混乱や市場変化に柔軟に対応
収益力: プロセスの効率化と収益向上
持続力: サステナビリティ対応で環境負荷を軽減インテリジェントエンタープライズの中核をなすERP
SAP社は、SAP S/4HANAをインテリジェントエンタープライズの「核(デジタルコア)」として位置付けています。
旧来のERPは、単体ですべての企業活動をカバーする想定で作られていました。しかし、変化の激しいビジネストレンドへの対応や、業務高度化・効率化、さらにはDXの実現を見据えた場合、ERPのみでの対応は非現実的です。
そこでSAP S/4HANA世代では、ERPを核(デジタルコア)中心に、特定の業務領域に特化した周辺システムを連携させ、システムの拡張性や柔軟性を担保する方法論が唱えられました。基幹システムは「ERPを中心として、外部の業務特化型システムと連携した姿」を目指す時代になったのです。
SAP社が提供する周辺システム
前述のように、インテリジェントエンタープライズの実現には、ERP以外にもさまざまな周辺システムが必要です。
SAP社では「業務部門単位での改善」よりも「部門間の連携強化」に改善の余地があると考え、ERPと周辺システムの連携に注力しています。以下は、SAP社が提供する「ERPと連携可能な周辺システム」です。
SAP SuccessFactors(人事部門)
人事管理を効率化するクラウド型システムで、採用、育成、評価、タレントマネジメントなど、人材管理全般をサポートします。従業員のパフォーマンス向上や、人的資本の有効活用を目指す企業に適しています。
SAP Ariba(購買部門)
購買プロセスをデジタル化・最適化するためのクラウド型ソリューションです。
サプライヤーとの取引管理、コスト削減、購買活動の透明性向上を実現し、サプライチェーン全体の効率化を支援します。SAP Customer Experience(顧客接点部門)
顧客体験を向上させるためのCRMソリューションです。マーケティング、営業、eコマース、カスタマーサービスを統合的に管理し、顧客との関係構築や収益向上を支援します。
SAP Fieldglass(外部人材管理)
外部の契約社員や派遣社員、フリーランスなどを効率的に管理するクラウド型プラットフォームです。契約プロセスやコスト管理を可視化し、柔軟な人材リソースの活用をサポートします。
SAP Concur(旅費経費精算)
出張の管理や経費精算を簡素化するクラウド型ソリューションです。交通費や宿泊費の管理を自動化し、経費処理の手間を削減するとともに、コンプライアンス遵守を支援します。
Business Technology Platform(BTP)(外部連携基盤)
SAPのアプリケーションや外部システムを連携させる基盤で、データ統合、分析、拡張機能を提供します。リアルタイムなデータ活用や、各業務システムとのシームレスな連携が可能です。
SAPが提唱するクリーンコア(システムを標準機能中心で運用し、必要な拡張は外部に切り分けるアプローチ)を支える機能として、近年急速に活用が広まっています。
SAPが選ばれる理由〜SAPの魅力とは?〜
1990年代にSAP ERPが日本に本格上陸してから、30年以上が経過しました。現在でもSAPはERP業界の顔であり、多くの企業から支持されています。ここでは、SAPの魅力を解説していきます。
クラウド型への標準対応と機能の充実
旧来のERPパッケージは、オンプレミス型の製品が大半です。SAPも例に漏れず、前世代のSAP R/3 ECC6.0まではオンプレミスを想定した仕様。
しかし、最新世代のSAP S/4HANAは、オンプレミス・クラウド両対応の製品です。SAP S/4HANA Cloudでは、パブリック・プライベートの2種類から、自社に適したクラウド型ERPを選択できます。
基幹システムのクラウド化は、レガシーシステムの老朽化によるビジネスの停滞を回避するための有効な手段です。現在のクラウド型ERPは、堅牢性や信頼性がオンプレミス型と遜色のないレベルにまで向上し、純粋に恩恵(迅速な導入、低コストなど)を享受しやすくなっています。い状況です。さらにSAPでは、AIやサステナビリティ機能など、最先端のトレンドに対応した機能群も追加されました。
こうした機能群はトレンドやニーズの変化に対応しながら、アップデートが継続されます。ユーザーは、テクノロジーへの追随に頭を悩ませることなく、最新機能を最小の手間とコストで使用できるのです。業務領域のカバー範囲が広い
SAPは主力製品であるS/4HANAにおいて、企業で行われる主要な業務をカバーしています。財務/管理会計や販売管理、在庫購買管理、人事といった基本的な業務領域に加え、サプラーチェン管理やサービス管理などにも対応できます。
また、グループ経営や国際会計基準、日本独自の商習慣にも対応可能です。さらに、各モジュールの中で提供する機能は、グローバルで収集したベストプラクティスを具現化しているため、高い汎用性を持っています。
先端技術のキャッチアップ コンサルや開発者のスキルを持つAIも登場
SAPでは、企業向けに最適化されたAIソリューション「SAP Business AI」を提供しています。SAP Business AIの主な機能は以下の4つです。
- デジタルアシスタントAI「Joule(ジュール)」
- 既存機能の中に生成AIの機能を組み込む「組み込みAI機能」
- ユーザーがカスタマイズし、独自エンジンを開発できる「AI Foundation」
- パートナー各社とのコラボレーション「AI機能提供における連携パートナー」
SAP Business AIを活用することで、以下のように業務の自動化や効率化が促進されます。
- AIによる品質検査で生産性を向上
- 納品書を自動で読み込み、入庫プロセスを高度化
- 与信業務における回収優先度や回収遅延リスクの可視化
- 資金管理における将来の必要資金額の予測
- 自動入金消込、マッチング提案
特に注目すべきは、デジタルアシスタントAI「Joule」です。Joule は、一般的なアシスタントAIとは異なり、複数のクラウドシステムを横断して動作します。
さらに、SAPコンサルやABAP開発者のスキルを盛り込んだJouleをリリース予定です。カスタマイズや拡張開発など「コンサルタント」や「開発者」でなければ提供できなかった付加価値が、AIアシスタントのサポートによって実現します。持続可能性に配慮 カーボンフットプリントに対応した「サステナビリティ機能」
サステナビリティ対応と収益性の両立は、今後の重要な経営課題です。しかし、具体的なノウハウを持つ企業は稀であり、「方針は固まったが実行の仕組みがない」というケースが大半です。
SAPでは、企業のサステナビリティ対応をダイレクトに支援する機能群を提供しています。
- SAP Green Token
- SAP Responsible Design & Production
- SAP Sustainability Data Exchange/
- SAP Sustainability Control Tower
- SAP Sustainability Footprint Management
- SAP Green Ledger
SAPのサステナビリティソリューションでは、製品別のCO2排出量計算などのカーボンフットプリント対応を自動化できます。
明確なロードマップと「ニーズ」をとらえた製品開発
SAPは、ユーザーに対して明確な製品ロードマップを示す企業です。通常は年単位でロードマップを公開し、リリース計画を提示したうえで半年毎にバージョンアップも実施します。投資計画も公開しており、2024年時点では、売上の18%(昨年8,500億以上)を毎年開発投資にあてることをユーザーへ伝えました。
また、製品開発においても「ユーザーニーズを直接吸い上げる」姿勢を貫いています。具体的には、ユーザーとの交流をもとに、業界毎・業務スコープ毎の製品開発を続けています。
このことが「本当に必要とされる機能」を生み出し、ユーザーとの長期的な関係性の土台となっているのです。「具体性のあるロードマップの開示」と「ニーズを捉えた製品開発」は、SAPが評価される理由と言えるでしょう。
まとめ
本記事では、SAP社の歴史と方針、主要製品であるS/4HANAの解説、SAPが選ばれる理由などを網羅的に解説しました。
SAP社はERP業界のリーダーであり、主力製品の「SAP S/4HANA」はERPの代名詞と言える存在です。現在は、インテリジェントエンタープライズ構想のもと、ERP+周辺システムによって部門間の連携力を強化するソリューションを提供しています。
また、生成AIやサステナビリティ機能など、ビジネストレンドに即した機能が継続的に追加されることもSAPの強みです。