マスターデータの一貫性と正確性を維持するためのマスター管理は、企業が持つデータを管理するために重要な取り組みです。特に、SAPをはじめとするERPシステムは、マスター管理の効果を最大限に引き出すための強力なツールとなります。システムをうまく利用すれば、データの重複を防げる上リアルタイムでの情報共有が可能となるため、データドリブン経営の実現につながるでしょう。
この記事では、マスター管理について詳しくご紹介します。
1. マスター管理とは
マスター管理とは、企業が保有する「マスター」と呼ばれるデータを一元管理する手法のことです。
そもそもマスターとは、自社が取り扱う商品や製品の製造に必要な材料、社員情報、顧客情報など、業務を遂行する上で必要となる基礎的な情報のことを指します。商品に関する情報であれば「商品マスター」、社員に関する情報であれば「社員マスター」などと呼ばれます。
システムを用いて業務を実施する上で、マスターはなくてはならないものです。マスター管理は、これらのマスターデータの一貫性と正確性を確保し、データの重複を避けることを目的として行います。
2. なぜマスター管理が必要なのか
それでは、なぜマスターを管理する必要があるのでしょうか。以下では2つの観点から解説します。
マスターがサイロ化してしまう危険性
よくあるのが、システムを導入するたびに個別にマスターを整備し、システムに登録しているというパターンです。
たとえば、製造システムには製造システム用に個別に作成したマスターが登録され、販売システムには販売システム用に個別に作成したマスターが登録されているといった状態です。この場合、たとえば製造システムでは「00001」というIDが登録されているにもかかわらず、販売システムでは「abc12」というIDが登録されている状態になります。システムごとにIDが異なるため、製造システムと販売システム間で対応する製品を把握することができません。
このようにサイロ化したマスターは非効率な業務の原因となる上、データ活用の妨げにもなります。たとえば前述の例では、製造データと販売データを組み合わせて、製品の製造・販売状況を分析しようとしても、製造システムと販売システムで製品IDが異なるため、データを組み合わせることができません。手作業でそれぞれの製品情報を照合することとなり、膨大な時間がかかってしまいます。
データドリブン経営との関連性
近年では、データドリブン経営といって、企業が意思決定を行う際、直感や経験ではなく、データに基づいて判断する経営手法が浸透してきています。このデータドリブン経営を実現するためにも、マスター管理が重要です。
しかしマスターがサイロ化してしまっていると、データドリブン経営の実現が難しくなります。マスターが適切に管理されていないと、手動で各システムからデータを抽出し、時間をかけてデータを結合・集計してレポートを作成するといった作業が必要になってしまいます。これでは、データを素早く収集して分析を行ったり、リアルタイムでデータを把握して意思決定を行ったりすることはできません。
自社の最新情報をリアルタイムに把握して意思決定を行っていくためには、自社のマスターを一元化するマスター管理の取り組みが必要になります。
3. マスター管理を実施するメリット
それでは、マスター管理を実施するメリットとは何でしょうか。本章では、マスター管理を実施するメリットを3つの観点から解説します。
全社的なデータ分析の効率化
マスター管理を実施することで、異なるシステム間のデータを統合し、一元管理することが可能となります。これにより、各部門・各システムが独自のデータを使用することなく、統一されたマスターデータを利用することができます。
データを活用する際に異なるマスターを名寄せする必要がなくなり、データ分析における効率が大幅に向上します。これにより、データドリブン経営や部門を横断した意思決定がしやすくなり、現場レベルでのデータ活用も促進されます。
データの精度向上
マスター管理により、マスターデータの一貫性と正確性を確保できる点もメリットです。マスター管理を行わずに共通的なマスターを定義し、各システムでそれを利用するという方法も考えられます。しかし共通のマスターを定義しても、各システム内でマスターが修正されたり削除されたりするため、システム間でマスターの一貫性を保つことは難しいでしょう。
このような事態を避けるためにも、マスター管理によって常に各システムが最新のマスターを参照できるよう取り組む必要があります。異なるシステムや部門間のデータの整合性が保たれれば、マスターの重複や誤りが減り、データの品質が向上します。
これにより正確なデータをもとにした分析を行うことができ、より信頼性の高い結果を導き出すことにつながります。
データガバナンス強化
マスター管理を通じて、データの所有権やアクセス権限を一元化することができます。これにより、自社のデータガバナンスが強化されます。
マスター管理を行うことでマスターデータを一元的に管理できるため、データのセキュリティとプライバシーを保ちやすくなります。たとえば個人情報の取り扱いに当たっては個人情報保護法への準拠が求められますが、マスターを分散管理していると、各システム・部門でこれらの法規制への対応が必要になります。しかしマスター管理によって一元的に管理することで、法規制への対応も容易になるのです。
同様に、不正アクセスやデータ漏えいのリスクが軽減される点もメリットです。マスターを一元的に取り扱うことで、不正な操作を発見しやすくなります。
4. マスター管理の実現方法
それでは、マスター管理の取り組みはどのように進めていけばよいのでしょうか。マスター管理を実現するための方法としては、大きく「ERPを用いたマスター管理」と「MDMによるマスター管理」の2つが挙げられます。以下では、これらの方法についてご紹介します。
ERPを用いたマスター管理
自社でERPシステムを利用している企業や、今後ERPの導入を検討している企業であれば、ERPを利用することが最も簡単なマスター管理の実現方法となります。
財務会計、販売、製造、物流などあらゆる業務領域をカバーするERP(Enterprise Resource Planning)システムを利用することで、一元的なマスター管理を実現可能です。
ERP上で登録されたマスターは、ERPがカバーするあらゆる業務領域で共通的に利用されます。そのため、ERPにマスターを登録することで、マスターのサイロ化を防ぐことができます。
- ERPによるマスター管理のメリット
ERPを導入することで、マスター管理専用のシステムを導入せずともマスター管理を行える点は大きなメリットです。ERPは社内の多くの業務領域をカバーするため、手広い範囲のマスターを手軽に共通化できます。 - 製品例
ERPの代表的な製品として、SAP社が提供するSAP S/4HANAやそのクラウド版であるSAP S/4HANA Cloudが挙げられます。これらの製品は、マスター管理機能が充実しています。SAP S/4HANAでは各マスターを分類別に細かく登録したり、BPマスター(ビジネスパートナーマスター)として仕入先と得意先を一元的に管理できたりと、さまざまな機能が用意されています。
MDMによるマスター管理
マスター管理を実現するためのもう一つの方法が、MDMを利用するものです。MDMとは「Master Data Management」の略称であり、マスター管理を専門に行うシステムを指します。
社内にERPが存在せず個別にシステムを構築している場合、MDMは有効な選択肢です。MDMを導入することで、MDM上でマスターを一元的に管理し、各業務システムがMDMを参照することで常に最新のマスターを利用することができるようになります。
また、ERPを導入していたとしても、ERP外のシステムを含めてマスター管理を行う際は、MDMが有用でしょう。
- MDMによるマスター管理のメリット
MDMを導入することで、ERP外のシステムも含めた一元的なマスター管理を実現することができます。ERPの導入は全社的なプロジェクトとなるため、まずはマスター管理のみを実現したい場合に有力な選択肢となります。 - 製品例
MDM製品の例として、前述したSAP社の「SAP Master Data Governance」が挙げられます。同製品を用いることで、企業のデータ管理を一元化しつつ、データの正確性を高めることができます。
5. SAPによるマスター管理
ERP製品の中でも、特にSAP ERPは日本国内だけでなくグローバル対応も可能な製品です。全世界でSAP ERPを共通導入することで、企業全体の業務プロセスを統一されたマスターデータで管理し、効率的に実施できます。
よくある課題として、日本と海外拠点でデータの取り扱い方が異なるため、本社でのデータ集計時に変換作業が発生し苦労するというケースが挙げられます。SAP ERPを導入すれば、グローバル規模でマスター管理が可能となり、このような課題を解決し、業務の効率化を実現できます。
6. マスター管理の流れ
以下では、マスター管理を実践する際の流れを紹介します。
目的の定義
マスター管理を導入する際には、まずその目的を明確に定義することが重要です。企業がマスター管理を実施する理由はさまざまですが、一般的な目的としてはデータの一貫性向上、効率的なデータ分析、法規制の遵守、顧客体験の向上などが挙げられます。
これらの目的を明確化することで、プロジェクトの進行全体を通じてブレない方針を持つことができます。
社内のデータの把握とスコープの定義
次に、社内に存在するマスターデータの全体像を把握し、マスター管理のスコープを定義します。
スコープの定義にあたっては、どのマスターデータが重要であるか、どのシステムで管理されているか、マスターデータの品質や整合性に問題がないかを確認します。また、各部門のマスター管理の現状を調査し、全社的なマスターデータの統合が可能かどうかを判断する必要もあります。
この段階で、マスター管理の対象となるデータとその範囲を明確にすることがポイントです。
システム導入
マスター管理を行うシステムを選定し、導入します。前述のとおり、SAPをはじめとしたERPの導入、もしくはMDMの導入が選択肢となります。
社内に業務システムが乱立している場合は、マスターデータを一元管理しつつ、業務プロセスも標準化できるERPの導入が有力な選択肢となるでしょう。ERPの導入により、各業界のベストプラクティスに沿った業務プロセスの実現が可能です。
ただし、ERPの導入は全社的なプロジェクトとなるため、取り急ぎマスター管理を実施したい場合は、MDMの導入も検討します。
運用プロセスの整理
最後に、マスター管理の運用プロセスを整理します。
マスター管理は運用プロセスが非常に重要です。継続的にマスターをメンテナンスしなければ、せっかくマスターデータを一元化したと意味がなくなってしまいます。
データの更新や修正、アクセス権限の管理、データガバナンスのルール設定など、マスター管理に関わる各プロセスを明確にしましょう。定期的なデータチェックや評価を行うことでパフォーマンスを確認し、必要に応じて改善することも重要です。
7.まとめ
この記事では、マスター管理について詳しくご紹介しました。ERPの導入は、業務プロセスの標準化や自社システムの刷新と同時にマスター管理を実現できる有効な手法です。ERPの導入を検討している企業の方は、併せてマスター管理の取り組みについても検討してみるとよいでしょう。