「SAP導入プロジェクトは失敗しやすい」
このようなイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。実際に、SAPの導入プロジェクトは難易度が高くなりがちです。しかし、SAPの導入フローや導入時のポイントを理解することで、成功確率は大きく変わってきます。そこでこの記事では、SAP導入プロジェクトの進め方や、成功させるためのポイントについて詳しく解説します。
1. なぜSAP導入プロジェクトは難しいのか
SAP導入プロジェクトは、ポイントを押さえて進めなければ失敗してしまうおそれがあります。SAP導入においては「当初の目的が達成できない」「コストが肥大してしまった」「スケジュールが遅延した」といったトラブルが起こりやすく、プロジェクトの成功確率は約30%といわれることもあります。SAP導入プロジェクトが難しいとされる理由は以下のとおりです。
- 業務プロセス統合の難しさ
SAP導入においては、企業全体の業務を統合することとなります。各部門の業務プロセスを標準化する必要があり、部門間の調整が難しくなりがちです。 - カスタマイズにかかるコスト
業務プロセスを標準化できず、SAPのカスタマイズで対応することになると時間とコストがかかり、専門知識も求められます。 - データ移行の複雑さ
既存システムからSAPへのデータ移行が難しく、失敗するケースもよく見られます。 - ユーザーの抵抗
SAPのインターフェースは優れているものの、既存システムに慣れたユーザーから反発を受けることがあります。結果として、トレーニングやサポートに多くの時間をとられかねません。
2. SAP Activateとは
SAP導入を成功させるために、覚えておきたいのがSAP Activateです。
SAP Activateとは、SAP導入における構想〜実行までの方法論であり、SAP導入を進めるうえで活用できます。SAP社が提供するオフィシャルの方法論(フレームワーク)で、最新のSAP ERPである「S/4HANA」に向けて作成されています。
SAP Activate方法論の特徴
SAP Activate方法論の主な特徴は以下のとおりです。
アジャイルベース
SAP Activate方法論の大きな特徴が、プロジェクトをアジャイルスタイルで進める点です。従来、基幹システムの導入はウォーターフォール型で行われることが一般的でしたが、SAP Activate方法論ではプロジェクトの複雑性に対応するためにアジャイル型を推奨しています。
クラウド活用
SAP Activate方法論では、クラウドの利用も基本思想として組み込まれています。クラウド技術のメリットを最大限享受しつつ、さまざまなニーズに対応できるように、パブリッククラウドだけではなく自社のデータセンター上でプライベートクラウドを構築するケースも考慮されています。
Fit to Standard
従来、パッケージソフトウェアの導入においては「Fit & Gap」として、パッケージと業務の差分を洗い出し、アドオン開発などで対応する進め方がとられてきました。一方で、SAP Activateフレームワークでは、可能な限り追加開発を行わず業務の標準化やクラウドサービスなどの活用を図る「Fit to Standard」のアプローチを採用しています。
SAP Activate方法論の種類
SAP Activateでは、多種多様なSAP製品について、導入方法ごとに方法論が提供されています。具体的には以下のとおりです。
カテゴリ | 方法論 |
クラウド向け手法 | SAP Activate Methodology for S/4HANA Cloud |
SAP Activate Methodology for RISE with SAP S/4HANA Cloud, private edition | |
SAP Activate Methodology for S/4HANA Cloud, extended edition | |
SAP Activate Methodology for SuccessFactors | |
SAP Activate Methodology for SAP Service Cloud Roadmap | |
SAP Activate Methodology for SAP Data Warehouse Cloud | |
SAP Activate Methodology for Intelligent Spend Management Roadmap | |
SAP Activate Methodology for SAP Analytics Cloud | |
SAP Activate Methodology for the Intelligent Enterprise | |
SAP Activate Methodology for SAP Sales Cloud Roadmap | |
オンプレミス向け手法 | SAP Activate Methodology for Transition to SAP S/4HANA |
SAP Activate Methodology for Transition to SAP BW/4HANA | |
SAP S/4HANA Upgrade and Product Integration Roadmap | |
SAP Activate methodology for S/4HANA Central Finance | |
その他手法 | SAP Activate Methodology for New Cloud Implementations (Public Cloud-General) |
SAP Activate Methodology for Business Suite and On-Premise- Agile and Waterfall |
このように、クラウド移行を行うパターン、オンプレミスへの導入を行うパターンなど、導入アプローチ別に方法論が用意されています。また、ERP製品であるSAP S/4HANA以外にも、人材管理ツールのSuccessFactorsや、SFAツールのSAP Sales Cloudなど、SAP社の多種多様な製品群の導入に向けた方法論を利用可能です。
SAP Activate方法論の構成
SAP Activate方法論を実践する際には、3つのツールを活用しながら、6つのフェーズに分けてSAP導入を進めていきます。
3つのツール
SAP Activateでは、以下の3つのツールが用意されています。
- SAP Roadmap Viewer
SAP Roadmap Viewerは、SAP Activateの全体像を示すビューワーです。WBS(Work Breakdown Structure:作業分解構成図)形式でSAP Activate方法論におけるタスクが網羅されており、プロジェクト開始から終了までにやるべきことを確認できます。各タスクは、推奨される実行方法や資料のテンプレート、情報リンク先などの必要な資料とひもづいており、タスクの実行において活用可能です。 - SAP Best Practices Explorer
SAP Best Practices Explorerは、SAPの標準的な業務プロセスを参照できるツールです。各業務において推奨される業務フローやチュートリアルなどを参照できます。 - SAP Activate Jam Group
SAP Activate Jam Groupは、SAP Activateに関する情報を収集できるコミュニティです。SAP Activate方法論のエキスパートが参加しており、質疑応答や最新情報の入手が可能です。
6つのフェーズ
SAP Activateでは、SAPの導入プロセスを以下の6つに分解しています。
フェーズ | 概要 |
Discover (構想) |
SAP製品の機能や実現できることを理解し、ビジネスにおいてどのような価値を提供し、どのような利益を得られるかを把握する。 |
Prepare (準備) |
プロジェクトの初期計画と準備を行う。オンボーディングを行い、プロジェクトチームを組成する。 |
Explore (評価) |
Fit-to-Standard分析により、SAPの業務と機能を検証する。SAP製品に設定すべきパラメーターや設定値を把握し、次のフェーズで利用できるようにする。 |
Realize (実装) |
アジャイルアプローチにより、システム環境を構築し、テストを行う。マスターなどの必要なデータを登録し、運用を行うための準備をする。 |
Deploy (リリース) |
本番稼動に向けてカットオーバーを実施する。システムや組織の準備が完了したことを確認した上で、業務オペレーションを新しいシステムに切り替える。 |
Run (運用) |
システムの運用を行う。継続的にシステムをビジネスに最適化し続ける。また、システムのアップグレードを行い、新しい機能を利用できるようにする。 |
6つのフェーズでは、上述した3つのツールをうまく活用してプロジェクトを進めていきます。
たとえば、SAP Activate方法論におけるロードマップを示すSAP Roadmap Viewerは、DiscoverフェーズからRunフェーズまですべてのプロセスにおいて継続的に利用可能です。また、SAP Best Practices Explorerについては、主にプロジェクトの立ち上げ段階であるDiscoverフェーズからFit-to-Standard分析を行うExploreフェーズまで利用します。
このようなSAP Activate方法論を参照することにより、難易度の高いSAP導入プロジェクトの成功確率を高められます。
3. SAPプロジェクトを成功させるための4つのポイント
SAPプロジェクトを成功させるために気をつけるべき4つのポイントについて解説します。
①ERP導入目的、検討方針の明確化
SAP導入プロジェクトをブレさせないために、導入目的と検討方針を明確化することが重要です。「なぜやるのか」「何を目指すのか」という観点で整理しましょう。「なぜやるのか」の観点では「売上目標XXX億達成のため」「顧客のニーズに応えきる業務基盤への刷新」のように、自社の中長期経営計画とひもづけて整理する方法が有効です。また、自社のあるべき姿・ありたい姿など、会社としてのビジョンにひもづけてERP導入目的を定義する方法も考えられます。
「何を目指すのか」という観点では、部分最適や現場レベルではなく、経営課題につながる粒度で整理することがポイントです。たとえば「経営情報管理の高度化」「サプライチェーン業務の整流化」「業務プロセス標準化」「データ基盤構築」といった、経営レベルの課題を解決する目標を設定します。
総じて、経営としての大方針とSAP導入プロジェクトがつながっていることが重要です。また、導入目的と検討方針が明文化され、プロジェクトメンバーと経営層で共通認識化されている状態にする必要があります。
②スコープの調整
特にプロジェクトの準備フェーズにおいてはどうしても夢のあるプロジェクト計画を立てがちですが、現実的なコストとスケジュールでスコープを調整することが重要です。要件を増やせば増やすほど、プロジェクトの難易度は高まります。
ERPの導入目的と検討方針にそぐわない領域については、スコープから外したり、2次開発へと回したりすることを検討しましょう。また、会計領域など業界特有の処理が少ないバックオフィス系はSAPのパッケージをそのまま利用し、生産管理など業種特有の箇所はシステム化してSAPと連携させるといったスコープの切り方も考えられます。
③実現方法の確認
導入目的と検討方針を前提としたプロジェクトのスコープを踏まえ、どのように目的を実現するかを定めておきます。実現方法が従来のシステム導入のやり方では、現行システムの踏襲になりがちです。SAPで経営改革を行うためには、SAPを最大限に活用するためのアプローチをとる必要があります。
よくあるプロジェクトの流れは、現行業務を整理し、課題や要件を取りまとめたあと、それらの課題や要件をベースに新システムの機能や業務フローをまとめる方法です。しかし、これはスクラッチ開発の時代に最適だった進め方といえるでしょう。SAP導入のように、パッケージの機能を前提に、業務改革を行いながらSAPの機能を活用する場合、従来の進め方ではアドオン開発が多発し、コストが膨らんでプロジェクトの失敗につながります。
SAPを正しく導入するためには、ベストプラクティスであるSAPの標準機能をベースに業務を検討する進め方が重要です。SAPパッケージの機能を前提に、SAPが想定する標準の業務プロセスを下敷きにして新業務を設計します。既存の業務をどうしても実現できない場合は、アドオン開発を行うのではなく、クラウドサービスなどでカバーするFit-to-Standardにより解決しましょう。リスクが高く保守にも手間がかかるアドオン開発を避けることが成功のためのポイントです。
④検討体制の構築
社内システムの刷新は、システム部門がメインで進めるものというイメージがありますが、SAP導入においてはやや異なります。SAP導入には経営層が参画し、部門横断型で進めることが重要です。経営層の意思が入っていなかったり、業務部門の理解がなかったりすると、簡単に失敗してしまいます。
SAPは長期的に会社を支える基盤となります。業務部門では将来像を描ける中核メンバー、いわゆるエース社員をきちんとプロジェクトに選抜することが重要です。また、経営層は自分ごととして参画する必要があります。
4. 参考: GROW with SAPとは
以下では、特に中堅企業、中小企業がSAPを導入する際におすすめのサービスとして「GROW with SAP」をご紹介します。
GROW with SAPは、SAP S/4HANAのCloud Public Editionに、自動化・AI活用などの機能を備えたSAP BTP、SAP導入における業界ベストプラクティス、導入支援ツールなどを組み合わせたオールインワンのサービスです。
GROW with SAPの活用により、SAP導入の期間短縮や導入後の運用負荷の低減、ユーザー教育の支援などを実現できます。中堅企業や中小企業においては、SAP導入に十分な人的リソースをかけられないケースも少なくありません。GROW with SAPはそのような企業に有効なサービスです。
まとめ
全社的なプロジェクトであるSAP導入は難易度が高くなりがちですが、ポイントを押さえれば成功確率を高めることが可能です。これまで多くの企業がSAPを導入しており、それらの経験はベストプラクティスとしてまとめられています。SAP導入の経験が豊富な企業のサポートを受けることも検討しましょう。