SAPプロジェクトは、企業の業務効率化や競争力強化を目指すうえで重要な取り組みです。ただし、その複雑さや規模の大きさから、成功に導くためには細部まで計画したプロジェクト組成が欠かせません。プロジェクト導入においても、ベストプラクティスとなる方法論を押さえておくことが重要です。
本記事では、SAPプロジェクトが複雑化している背景や、具体的な導入・移行フレームワークである「SAP Active」の概要や構成などについて解説します。
SAPプロジェクトが複雑化している背景
はじめに、SAPプロジェクトが複雑化している背景について解説します。
SAPの「2025/2027年問題」
SAPプロジェクトは、さまざまな要因が絡み合って複雑化しています。その中心にあるのが、SAP ERP6.0の標準サポートが2027年に終了となる「2027年問題」です。もともとは2025年末が期限であったため「2025年問題」と呼ばれていましたが、期限が2年間延長されたことで「2027年問題」となりました。
「2025/2027年問題」を背景に、多くの企業が次世代ERPである「SAP S/4HANA」への移行を迫られています。「SAP S/4HANA」への移行は、単なるバージョンアップではなく、新しいデータベース技術(HANA)やリアルタイム処理への対応などが求められるため、業務プロセスやシステムアーキテクチャの大幅な再設計が必要です。
複雑なカスタマイズやレガシーシステムとの統合
企業ごとの複雑なカスタマイズやレガシーシステムとの統合も、SAPプロジェクトを難航させる一因です。特に日本企業においては、独自の商習慣に合わせたカスタマイズが多く、標準機能への移行には業務プロセスの見直しが欠かせません。
また、データ移行の精度やセキュリティの担保、クラウド移行の選択肢など、多岐にわたる検討事項がプロジェクトの規模とリスクを拡大させています。
SAP技術者の不足や外部パートナーとの連携不足
SAPプロジェクト推進に必要なSAP技術者の不足や、外部パートナーとの連携不足も課題です。「2027年」の期限に向けて多くの企業がシステム移行を急ぐことで、リソース確保などに向けた競争が激化し、プロジェクト遅延やコスト増加のリスクも高まります。
このように、技術的・人的・組織的な要素が絡み合い、SAPプロジェクトの複雑化が進んでいるのです。
複雑化するSAPプロジェクトにおいて、新規導入やS/4HANA移行を円滑に進めるためのフレームワークとして、SAP社では「SAP Active」を提供しています。
SAP Activeについて
本章では、SAP Activeの概要や特徴、構成について解説します。
SAP Activeの概要
SAP Activateは、SAPの新規導入プロジェクトやSAP S/4HANAへの移行を円滑に進めるためのフレームワークです。SAP Activateの方法論は、従来の方法論を2015年のS/4HANAリリースに合わせて見直し、その後継として集約したものとなっています。
【従来の方法論】
・オンプレミスでのERP導入を主眼とした「ASAP(Accelerate SAP)」
・クラウドでのERP導入を主眼とした「SAP Launch」
SAP Activeの特徴
SAP Activeの特徴は以下のとおりです。
アジャイルアプローチ
・柔軟性、迅速性を重視したソフトウェア開発手法であるアジャイル(Agile)開発を採用
・複雑なSAPプロジェクトを進行するなかで、要件の変更や調整が発生した際にも迅速に対応できる
Fit to Standard
・Fit to Standardを基本思想として取り入れ、SAPのベストプラクティスをプロジェクトに反映できる
※Fit to Standardの詳細については次章で解説
クラウド利用
・クラウド利用をベースとし、クラウド技術を最大限に活用できるよう設計されている
・クラウドのなかにもパブリッククラウドやプライベートクラウドなどの選択肢がある
SAP Activeの構成
SAP Activeは、大きく以下の6つのフェーズと3つのツールから構成されています。
<6つのフェーズ>
1.Discover(構想)
2.Prepare(準備)
3.Explore(評価)
4.Realize(実現化)
5.Deploy(デプロイ)
6.Run(実行)
<3つのツール構成>
(1)SAP Roadmap Viewer
(2)SAP Best Practices Explorer
(3)SAP Activate Jam Group
SAP Activeにおける6つのフェーズ
1.Discover(構想)
・SAP S/4HANAの機能や特徴を理解し、自社のビジネスニーズに合ったソリューションを構想・発見していくフェーズ
2.Prepare(準備)
・プロジェクト開始に向けて計画や準備を行っていくフェーズ
・プロジェクト計画の策定やプロジェクトチームの編成、ツールの初期設定など、SAPプロジェクトをスムーズに開始するための準備作業を進めていく
3.Explore(評価)
・Fit to Standardにより、SAPのベストプラクティスとなる標準業務プロセスを自社の業務プロセスに適用していくための評価を行うフェーズ
・業務要件と標準機能の適合性の確認やソリューション機能の検証を通じて、プロジェクトスコープの決定やシステム環境の設定を行う
4.Realize(実現化)
・「3.Explore(評価)」にて定めた業務要件やシステム環境設定に基づき、システムの設定や構築、テストを行うフェーズ
5.Deploy(デプロイ)
・構築したシステムを本番環境へ移行し、運用開始に向けた最終確認やユーザー教育などを行うフェーズ
6.Run(実行)
・導入後の保守・運用フェーズ
・システムのパフォーマンス維持や機能アップデートなどのために、継続的な運用改善を行っていく
SAP Activeにて使用する3つのツール
(1)SAP Roadmap Viewer
・SAP Activateの全体像をマイルストーン形式で表すWBS(Work Breakdown Structure:作業分解構成図)
・SAPプロジェクトの開始から終了までの一連の工程を分類し、それぞれのフェーズで必要なタスクやテンプレート、参考情報などを確認できる
・SAPプロジェクト全体のWBSとなるため、プロジェクトの全タスクにまたがって継続的に使用していく
(2)SAP Best Practices Explorer
・SAPのベストプラクティスとなる標準業務プロセスやテスト仕様書、業務フロー、チュートリアルなどを参照できるエクスプローラー
・ベストプラクティスをまとめて参照できるため、自社の業務プロセスを抜本的に見直す際などにも有効
(3)SAP Activate Jam Group
・SAP Activateのコミュニティツール
・SAP方法論などに関する有識者が参加しており、最新情報・ニュースの収集や質疑応答などを行える
Fit to Standardの解説
ここでは、Fit to Standardの概要や特徴、Fit&Gapとの違いについて解説します。
Fit to Standardとは
Fit to Standardとは、SAPプロジェクトにおいてSAPが提供する標準的な業務プロセス(SAP Best Practices)に自社の業務を適応させるアプローチです。Fit to Standardを活用することで、カスタマイズを最小限に抑え、導入コストの削減やリスク低減につなげられます。
Fit to Standardは、SAP ActivateにおいてはExplore(評価)フェーズで活用され、標準機能と業務要件の適合性を評価します。
ただし、すべての業務がシステムに合わせられるわけではないため、Fit to Standardの適用については十分に検討しながら柔軟に対応していくことが必要です。例えば、SAP BTPなどを活用することで、SAP外部のアプリケーションと連携しながら機能拡張を図れます。
Fit to Standardの特徴
Fit to Standardの特徴は以下のとおりです。
標準業務プロセスの活用
・事前に定義された業務プロセスを採用することで、導入期間の短縮およびコスト削減を図れる
・SAP S/4HANAが提供する標準業務プロセスは、数十年にわたる業界知識や実績に基づいており、業界のベストプラクティスを適用可能
カスタマイズの最小化
・Fit to Standardのアプローチでは、標準機能に適応することを優先し、可能な限り独自のカスタマイズを回避する
・これにより、システムのメンテナンス性が向上し、将来のアップグレードや機能拡張のコスト削減にもつながる
業務プロセスの最適化
・自社の業務要件を標準プロセスに適合させることで、業務のスリム化や効率化を促進できる
・従来の複雑な業務プロセスを見直し、効率的な業務プロセス運用への転換を図るきっかけとなる
Fit&Gapとの比較
Fit to Standardとは対照的な手法としてFit&Gapがあります。両者の違いは以下のとおりです。
アプローチの違い
・Fit to Standard:標準機能に合わない業務の見直しを重視する
・Fit&Gap:自社の業務要件を優先し、標準機能とのGapに対してはカスタマイズで対応する
目的の違い
・Fit to Standard:業務プロセスの標準化やコスト削減を目的とする
・Fit&Gap:自社の業務要件に完全に一致するシステムを構築することを目的とする
適用対象
・Fit to Standard:業務プロセスの標準化を重視し、コストやスケジュールの効率化を実現したい場合に採用される
・Fit&Gap:業務要件が複雑で標準機能では対応が難しく、予算やスケジュールを十分に確保できる場合に採用される
まとめ
「2027年問題」やSAP技術者不足などを背景に、SAPプロジェクトは複雑化の一途をたどっています。新規導入やS/4HANAへの移行を成功へと導くためには、具体的な方法論に基づくプロジェクト推進が重要です。
「SAP Active」は、Fit to Standardやクラウド利用、アジャイルアプローチなどを基本思想とする導入フレームワークです。定義されたフェーズやツールに従って進めることで、効率的かつ効果的なプロジェクト推進を実現できるでしょう。