DXには守りのDX・攻めのDXが存在し、取り組みの方向性が異なります。このうち守りのDXとは、社内に目を向けて改善を図る取り組みにあたり、強固な経営基盤を構築するためには欠かせない取り組みです。本記事では、2種類のDXの意味と違い、それらを同時並行で推進して成功した企業の事例を紹介します。DXに関する理解を深めて、時代の需要に沿った経営体制へ切り替える上での参考にしてください。
経済産業省によるDXの定義
DXとは、デジタル技術の活用によって組織体制やビジネスモデルを継続的に変革し、価値の提供方法を根本的に変えていく取り組みを意味します。経済産業省が公表した「デジタルガバナンス・コード」におけるDXの定義は、以下の通りです。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
引用元:経済産業省|デジタルガバナンス・コード2.0
(URL:https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf)
※P1の注釈部分をご参照ください。
守りのDX・攻めのDXは、この定義をもとに考えられた概念です
攻めのDX・守りのDXとは?両者の違いについて解説
DXには、「守り」と「攻め」の側面が存在します。守りのDX・攻めのDXの概念はもともと、IT分野のコンサル・調査企業が2019年に実施したアンケートで採用した分類です。同企業では日本企業のデジタル化の状況を調査する目的で、DXのテーマを以下6つに分類しました。
A.ビジネスモデルの抜本的改革
B.顧客接点の抜本的改革
C.既存の商品・サービスの高度化や提供価値向上
D.経営データ可視化によるスピード経営・的確な意思決定
E.業務プロセスの抜本的改革・再設計
F.業務処理の効率化・省力化
参照:株式会社NTTデータ経営研究所|日本企業のデジタル化への取り組みに関するアンケート調査
(URL:https://www.nttdata-strategy.com/newsrelease/190820.html)
上記のうちのA〜Cが「攻めのDX」、D〜Fが「守りのDX」と定義されています。
それぞれの概念について以下でより詳細に確認し、違いを正しく理解しましょう。
攻めのDXとは
攻めのDXは、顧客などのステークホルダーやエコシステムを巻き込み、自社以外の外部に焦点を当てて実施するDXです。
・社会や顧客ニーズに基づくビジネスモデルの改革
・製品やサービスの高度化による提供価値の向上
・マルチチャネル化による顧客接点の多様化
攻めのDXでは企業価値の向上を目指した抜本的な改革を推進する必要があり、守りのDXと比較してアクティブな取り組みを要求されます。攻めのDXには一定のリスクが伴う可能性もあるものの、市場競争力を維持確保するために欠かせない取り組みです。
守りのDXとは
守りのDXとは、業務プロセスやシステムなど、自社がコントロールできる要素に焦点を当てて実施する改革です。
・経営データの利活用による意思決定の迅速化
・作業のデジタル化、自動化による業務効率化
・高セキュリティなインフラ基盤の整備
守りのDXは外部との関係性を意識せずに推進できるケースも多く、攻めのDXと比較して取り組みやすい傾向があります。また、守りのDXでは基本的に安定性を重視した改革を推進するため、比較的低リスクで実践できる点も特徴です。
取り組みやすいのは「守りのDX」
守りのDXは、攻めのDXを推進する際の基盤としても機能します。中小企業が守りのDXを実践する際にはファーストステップとして、統合型ERPを導入するとスムーズです。
「守りのDX」を実践できる統合型ERP
統合型ERPとは、会計・販売管理・人事給与といった基幹業務のデータベースを結合し、一元管理を行うためのシステムです。統合型ERPは企業内の各所にある情報を一元管理する場所として機能し、守りのDXのスムーズな実践につながる環境を整備できます。これらは、データドリブンな経営を実現する下地にもなります。
実際、オプテックス社ではDXを推進する手段として統合型ERPを選択し、業務のデジタル化と標準化を実現しました。統合型ERPは、守りのDXから攻めのDXへステップアップする際に必須となる、全社的に共通のシステム基盤としても機能します。
参照元:日経ビジネス電子版Special|「グローバル業務改革」と「ビジネスモデル変革」 攻守両面のDXで経営課題を克服したオプテックス
(URL:https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/ONB/24/sap1018/)
さらに、統合型ERPは、経団連の推奨する「AI-Readyな企業」を目指す際の基盤としても機能するシステムです。AI-Readyな企業とは、AIを適切に活用できる環境の整備された企業を指します。
AIを適切に活用するためには、機械学習のベースとなる精度の高いデータを取得・収集できる仕組みが必要です。統合型ERPを活用すると精度・鮮度ともに高いデータをリアルタイムで収集でき、AI-Readyな企業に向けた一歩を踏み出せます。
参照元:日本経済団体連合会|AI活用戦略~AI-Readyな社会の実現に向けて~
(URL:https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/013_honbun.pdf)
※P19をご参照ください。
統合型ERPで得られる「守りのDX」のメリット5つ
統合型ERPは守りのDXの推進を強力にバックアップしてくれるツールであり、以下のメリットが期待されます。
データドリブンな経営体制を構築できる
データドリブン経営を実現するためには、企業が必要な情報を鮮度・粒度・精度の高い状態でリアルタイムに収集し、オンデマンドで確認できる体制を整備する必要があります。統合型ERPを導入するとその体制を整備でき、情報を一元管理しながらデータドリブンな経営の実現が可能です。データドリブンな経営を実現すれば、事業の将来的な成長や今後のビジネス展開も見据えた上で合理的かつ戦略的な経営判断を行えるようになります。
統合型ERPを導入すると、脱サイロ化につながる点もメリットです。サイロ化の定義や問題点を知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
業務の標準化を行える
業務の標準化は、企業のリスク管理やコスト削減、品質の安定化といった観点から重視されている取り組みです。統合型ERPを導入すると、担当者や部署ごとに存在する作業プロセスの垣根を排除し、業務の標準化を図れます。
また、統合型ERPは、有限な人材を有効活用し、「BPR」を推進する上でのサポート役としての活用も可能です。BPRとは、業務本来の目的に沿ってゼロベースから業務プロセスを見直すことであり、この取り組みを通じて業務の標準化を実現すれば、市場競争力を強化できます。
BPRの概念についてより詳しく知りたい場合は、以下の記事を参考にしてください。
生産性の向上・コスト削減につながる
統合型ERPを導入して業務標準化を推進すると、特定の従業員や生産拠点に対する依存を解消し、作業の無駄を排除できます。これにより生産性を向上させられるとともに、大幅なコスト削減が可能です。
業務の標準化によって業務プロセスを明確化しておけば、組織のスリム化・効率化を図る手段としてのシェアードサービスや外部委託(BPO)を活用しやすくなるメリットもあります。自社に合うサービスを有効に活用すれば、さらなるコスト削減や生産性の向上が可能です。
コンプライアンス遵守につながる
統合型ERPの導入によって業務プロセスをシステム化する中で、各作業の担当者を明確化できます。どの業務を誰がどのように担当しているかを詳細に把握できている組織では、監査や管理がスムーズです。監査や管理を適切に行うことで、コンプライアンスを徹底した経営に近づきます。
統合型ERPでは、部署や従業員単位で適切にアクセス権限を設定する方法により、内部の不正防止も可能です。不用意に重要情報へアクセスできない体制を構築すれば、情報漏洩などの事故を回避できる可能性も高まります。
業務の自動化を推進しやすくなる
統合型ERPを導入して業務プロセスをシームレスに統合すると、自動化を推進しやすくなります。AIの搭載された統合型ERPを導入すれば、取得したデータの集計やレポート作成を自動化でき、業務効率化が可能です。
AIに作業を任せることには、ヒューマンエラーを回避できるメリットもあります。転記ミスや作業の漏れがなくなり、精度の高いレポートを速やかに確認できる環境下では、より正確な経営判断が可能です。製品の製造プロセスでヒューマンエラーを回避できれば完成品の性能が向上するため、市場競争力の強化も狙えます。
「守りのDX」を進める際の注意点
DXを推進したものの失敗して、時間と費用を無駄にした企業の事例も少なからず存在します。大きな失敗を避けるには、守りのDXを推進する際、以下の事項に注意しましょう。
プロジェクトの複雑化を防ぐ
守りのDXで業務の標準化を推進する際には、各拠点や部門の利害関係の衝突により、プロジェクトが複雑化する可能性もあります。複雑化しないようにするには、業務をシステムに合わせる「Fit To Standard」の考え方を取り入れ、ベストプラクティスに基づいて統合型ERPを導入することが大事です。
多くのERPには、業務の最適プロセスが組み込まれています。そうした業務プロセスを意識して作業手順を刷新することが、Fit To Standardに基づくアプローチへとつながります。
攻めのDXにも取り組む
DXに取り組む日本企業は、守りのDXを優先する傾向があります。守りのDXには、取り組みの難易度が比較的低くて成果の実感を得やすく、改革のモチベーションにつながる特徴があることから、優先的に取り組むこと自体が問題とはいえません。問題は、DXの本丸にあたる「攻めのDX」にも着手して、成果を出せる企業の少ないことです。
IPAの公開する「DX動向2024」では、DXの取り組みを以下の3段階に分類して7項目を設定し、企業の取り組み状況を調査しています。
デジタイゼーション|
1.アナログ・物理データのデジタル化
デジタライゼーション|
2.業務の効率化による生産性の向上
3.既存製品・サービスの高付加価値化
デジタルトランスフォーメーション|
4.新規製品・サービスの創出
5.組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化
6.顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革
7.企業文化や組織マインドの根本的な変革
参照元:IPA|DX白書2024
(URL:https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf)
※P8をご参照ください。
上記中の1と2は守りのDX、3〜7は攻めのDXに分類される取り組みです。各項目に取り組んだ結果、すでに十分もしくはある程度の成果が出たと実感している企業の割合を以下に示します。
守りのDX|
1.アナログ・物理データのデジタル化:78.0%
2.業務の効率化による生産性の向上:76.0%
攻めのDX|
3.既存製品・サービスの高付加価値化:37.7%
4.新規製品・サービスの創出:25.0%
5.組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化:52.9%
6.顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革:20.7%
7.企業文化や組織マインドの根本的な変革:33.2%
参照元:IPA|DX白書2024
(URL:https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf)
※P9をご参照ください。
守りのDXの2項目は成果を実感している企業の割合が70%を超えていることに対し、攻めのDXの5項目はいずれも60%に届いていません。
攻めのDX・守りのDXの同時推進に成功した事例
日本企業の中にも、守りのDX・攻めのDXを同時に推進して成功した事例は存在します。たとえば、滋賀県に本社を置き、産業用センサーを主に扱っているオプテックス社の事例です。
オプテックス社は、2020年時点で世界30%、日本55%の自動ドアセンサー市場シェアを獲得するメーカーです。世界14の国と地域に製造拠点を確保し、80ヵ国以上で製品を販売するなど、グローバル展開にも前向きな姿勢を示しています。
同社は、2008年の世界的な経済危機をきっかけとして大幅な減収減益を経験し、自社のビジネスモデルや組織体制の潜在的なリスクを実感したといいます。そこでDXの必要性を実感し、以下で紹介する大規模な改革に取り組みました。
参照元:オプテックス株式会社|事業領域
(URL:https://www.optex.co.jp/business-sectors/)
攻めのDX:ビジネスモデルの変革
オプテックス社が取り組んだ攻めのDXは、ビジネスモデルの変革です。経済危機に伴う大幅な減収減益によって同社は、「良い製品を製造すれば売れる時代」の終焉を実感しました。同時に、市場や需要の変化を十分に把握できていなかったことへの問題意識が芽生え、ビジネスモデルの変革に乗り出します。
改革の実践前、オプテックス社では、中国や日本で製造した製品を代理店経由で世界各地に販売するビジネスモデルを採用していました。改革の実践後は、自ら顧客を訪問して経営上の課題を聞き、ソリューションや製品を考えて代理店につなぐ、ダイレクトマーケティング形式のビジネスモデルに転換しています。
守りのDX:業務プロセスの改革
オプテックス社では守りのDXとして、業務プロセスの改革にも取り組んでいます。オプテックス社では創業から変わらずグローバルに事業を展開してきたものの、全社的な情報共有の停滞という課題を抱えていました。その原因は、世界各地に拠点を確保する度、現地の状況に応じた別々のシステムを構築してきたことです。
拠点ごとの受注・生産・在庫状況をスムーズに把握できない状態では、適時適切な経営判断を行えません。結果として、経済危機の発生時に迅速な対応を取れず、大幅な業績低下につながりました。状況を改善するには拠点ごとに異なっていたシステムを一元化し、業務のデジタル化および標準化を推進することが必要です。こうした経緯で、同社は守りのDXに着手したわけです。
攻守DXを支えたのが統合型ERP「SAP S/4HANA」
オプテックス社では、攻めと守りのDXを並行して推進する手段として、2018年から統合型ERP「SAP S/4HANA」を順次導入しています。2023年7月にはすべてのグループ企業への導入が完了し、同一システム基盤を活用してさまざまなビジネスに取り組んでいる状態です。
参照元:オプテックス株式会社|DXへの取り組み
(URL:https://www.optex.co.jp/sustainability/DXtorikumi_5.pdf)
※P19をご参照ください。
システム基盤を統一したことでオプテックス社では、各拠点の受注・生産・在庫状況を可視化した上で、経営判断に必要な情報を一元管理できるようになりました。このように統合型ERPでは、各拠点で入力したデータがリアルタイムで反映され、鮮度・粒度ともに高い情報を確認できる点も魅力です。
まとめ
守りのDXは自社内部に焦点を当てて業務効率化や意思決定の迅速化を目指す改革、攻めのDXは自社以外のステークホルダーにも焦点を当てて行う改革です。守りのDXをスムーズに実践し、攻めのDXへと昇華させられる基盤を構築したい場合には、データドリブンな経営をサポートする統合型ERPを活用しましょう。