SAP S/4HANAは、SAP社が提供する次世代ERP(基幹業務システム)で、システムのクラウド化やDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む企業に広く利用されています。本記事では、SAP S/4HANAの特徴や導入のメリットに加え、SAP ECC 6.0のサポート終了に関連する2025年(2027年)問題への対策、さらに導入事例について解説します。
SAP S/4HANA(SAP Business Suite 4 SAP HANA、エスエイピーエスフォーハナ)は、SAP社が提供するインメモリーデータベース「SAP HANA」を標準プラットフォームとするERP製品です。
「SAP R/3」、「SAP ERP」の後継であり、第4世代となる次世代ERPに位置付けられています。クラウドタイプはSAP S/4HANA Cloud Public EditionとSAP S/4HANA Private Editionの2種から、オンプレミスタイプはSAP S/4HANA On-Premiseを選択できます。
SAP S/4HANAの特筆すべき点は次の3点です。
SAP S/4HANAは、インメモリーデータベースであるSAP HANAをプラットフォームに採用しています。
インメモリーデータベースとは、データをメインメモリ(RAM)上に保持して処理を完結させるデータベースのことで、従来型のデータベースに比べて圧倒的な高速処理が可能です。
SAP S/4HANAはオンプレミス型だけでなくクラウド運用にも対応しており、企業のニーズに応じた柔軟な導入が可能です。
クラウド運用では、オンプレミスで必要な高額なハードウェアやインフラへの初期投資が不要となり、導入期間を短縮できるため、工数や人件費などの初期コストを大幅に削減できます。
またシステムのアップデートやバージョンアップをすべてベンダー側で対応するため、運用の負担軽減も可能です。
さらにセキュリティや拡張性を重視したい場合には、オンプレミス型とクラウド型を組み合わせたハイブリッド運用も可能で、企業の多様な要件に柔軟に対応します。ただし、オンプレミス型にはAIアシスト機能など機能拡張がないことには注意が必要です。
従来のSAP ERPソリューションでは、分析やレポーティングを行う場合、DWH(Data Warehouse)を個別に構築する必要がありました。
しかしSAP S/4HANAではこれらの機能を同一基盤上で実現できるため、データの統合やリアルタイム分析が可能となります。
これにより、経営層は必要な情報を迅速に収集でき、正確な意思決定につながります。さらにリアルタイムでのレポート作成や高度なデータ分析機能によって、業務の効率化と迅速な戦略立案も容易になります。
SAP S/4HANAの導入によってさまざまなメリットが得られます。
SAP S/4HANAを導入することで、企業内で分散している業務データを一元管理できるようになります。部門間のリアルタイムなデータ連携が可能となり、企業全体の経営資源の正確かつ迅速な可視化を実現できます。
これにより、特定の部門に偏らない全体最適の視点から、迅速で戦略的な意思決定が行えるようになるでしょう。
SAP S/4HANAはインメモリーデータベースによる高速処理を活用し、業務効率を大幅に向上させます。業務を処理する多くの機能が1つのシステムに集約されているため、各業務間で同じデータを繰り返し入力する必要がなく、データの連携もスムーズになります。
また、財務、生産、購買、在庫、販売など、複数の業務を連携させて一連の処理プロセスを自動化できるため、部門をまたぐ業務の効率化も可能です。
さらに、新しいUIである「SAP Fiori」を活用すれば、タブレットやモバイル端末からの操作も可能です。SAP Fioriはシンプルで直感的なインターフェースを備えており、場所を問わず効率的に業務を行える環境を提供します。
SAP S/4HANAは、分散している業務システムを統合することで、管理・運用にかかるコストを大幅に削減します。
例えば、中小企業では部署ごとに異なるシステムを使用している場合が多く運用コストが分散しがちですが、SAP S/4HANAを導入することでこれらを一元化できます。
一方、大規模で複雑なシステムを運用する大企業においても、システム統合による管理負担の軽減が期待できます。システム運用コストが削減されれば企業は本業により多くのリソースを割けるため、生産性や収益性の向上を図ることができるでしょう。
SAP S/4HANAを導入することで、企業のセキュリティとガバナンスの強化が期待できます。データや情報に対して適切なアクセス権限を設定することで、情報漏えいなどのリスクを低減できるでしょう。
また、監査証跡機能などを活用して内部統制を徹底することで、不正行為の発見やコンプライアンス違反の防止にも役立ちます。さらにリアルタイムで情報の動きを把握し、厳密に管理することで、企業全体のガバナンスを強化できます。
SAP S/4HANAを導入することで、部署ごとに管理・蓄積していたデータを集約し、柔軟に活用することが可能となります。
SAP S/4HANAの柔軟なデータベース設計や豊富なモジュールを利用すれば、部門間をまたぐ膨大なデータを効率的に集約・分析し、価値あるビッグデータとして活用できます。
このビッグデータから得られたインサイトをもとに業務プロセスの改善を進めることで、社内のDXを加速できます。
2025年問題とは、SAP社が提供している「SAP ERP 6.0」の保守サービス終了に伴い懸念されている問題です。当初、SAPは保守サービス終了を2025年と発表しましたが、移行準備期間の不足が懸念され、終了時期を2027年まで延長しました。そのため、現在は「2027年問題」とも呼ばれています。
保守サービス終了後は、セキュリティ更新や不具合修正が行われなくなります。これによりシステムの安定稼働が損なわれ、業務プロセス全体に支障を来す可能性が高まります。
また、SAP ERP 6.0を利用する企業が、2027年までに後継システムである「SAP S/4HANA」などへの移行を求められている点も重要です。移行を怠れば基幹システムが陳腐化し、将来的には競争力の低下につながるリスクも生じます。こうした背景から、2025年問題は企業全体の将来に影響を及ぼす経営課題として認識されています。
2025年(2027年)問題への具体的な対処法は次の3つです。
サポート終了までに従来のSAP ERPからSAP S/4HANAに移行することで、SAPの2027年問題を解決できます。
加えて、SAP S/4HANAのインメモリーデータベースによる高速処理、肥大化したシステムの合理化とそれに伴う運用管理コストの削減、業務効率の向上が期待できます。
留意点として、SAP ERPはUNIX、Windows、Linuxなど複数のOSやデータベースで稼働するマルチプラットフォーム対応でしたが、SAP S/4HANAの稼働には専用のデータベースであるSAP HANAが必須となる点が挙げられます。
移行の際には、現在使用しているデータベースとSAP HANAの2つのデータベースの並行運用が必要になるため、維持管理コストが一時的に増加します。
また、SAP HANAのアーキテクチャが刷新されているため、移行作業に多大な手間がかかることを考慮しておく必要があります。
2つ目の選択肢は、従来のSAP ERPシステムを継続利用する方法です。2027年以降に終了するのはメインストリームサポートであり、セキュリティプログラムの更新は引き続き行われるため、SAP ERPの利用自体は可能です。
ただし、システム障害時に修正プログラムが提供されない点や、新機能が追加できない点がデメリットとなります。これらのリスクを軽減するため、第三者保守サービスとの契約を事前に検討することが推奨されます。
3つ目の選択肢は、他社製ERPソフトウェアへの切り替えです。SAP S/4HANAへの移行ではアーキテクチャが刷新されるため、他社ERPへの移行と同程度の手間がかかることが予想されます。
そのため、SAP S/4HANAではなく他社製ERPへの移行を選択することも選択肢となります。他社ERPへの切り替えでは、業務プロセスの見直しを行いつつ自社に適したソリューションを選択できるようになります。
一方で、新たなERPを選定・導入できる人材の確保が必要になる上、システムをゼロから再構築することによる大きな負担が発生します。他社ERPへ乗り換える際は、慎重に検討することが重要です。
SAP S/4HANAの活用成果を示す導入事例をご紹介します。
自動機械装置と機能機器の製造を行うCKD株式会社では、既存のシステム基盤と在庫管理機能の精度に課題を感じていました。
グローバルな事業拡大を目指すにあたり、IT基盤の再構築、リアルタイムな在庫管理や原価分析、業務プロセスの標準化・効率化を目指し、40年以上使用していたシステムからSAP S/4HANAへの刷新を図りました。
導入に際して、システムに対する社内の意識改革と業務プロセスの徹底的な洗い出しを行いました。会計テンプレートを用い、グローバル展開を意識してアドオンを抑えたことで、短期間でのスムーズな導入に成功しました。
SAP S/4HANAを導入した結果、同社の在庫データの精度とリアルタイム性が向上しました。また収集されるデータの信頼性が高まったことによって月次決算を早期化でき、意思決定の迅速化も実現しました。
在庫数量の正確な把握、在庫適正化サイクルの向上により、従業員が目先の受注に左右されず、中長期的な視点で業務を行えるようになるという変化ももたらされています。
業務用コネクタの製造・販売を手がける本多通信工業株式会社では、主力製品の移り変わりによって出荷やロット管理、受発注などの業務プロセスが業務の実態と乖離し、従来の基幹システムでは対応が困難になっていました。
他にもデータ連携のタイムラグにより、実績データを月次単位でしか確認できないなどの課題も抱えていた同社は、業務プロセスの標準化と持続的な成長に向けてSAP S/4HANAの導入に至りました。
導入にあたっては、同社独自の慣習・ルールを廃止し、可能な限りアドオンを使用せず、SAP S/4HANAに業務を合わせることを基本方針に設定。わずか10カ月という短期間での導入に成功しました。
SAP S/4HANA導入による業務標準化の結果、同社は帳票の数を35種類から6種類に集約、EDI化の割合も従来の30%から60%に向上し、顧客ごとに対応する負担を軽減することができました。
現在は、全社目標として掲げる生産性向上の取り組み『楽勤化』の実現に向け、全体で年間1.2万時間程度の残業時間の削減を目指しています。
SAP S/4HANAはSAP社が次世代ERPに位置付ける最新のERPソリューションで、経営資源の可視化から業務効率化やコスト削減、セキュリティやガバナンスの強化、DX推進まで企業経営を幅広く支えます。
2027年問題への対処を機に、システム運用や業務効率化の有効なソリューションとして、SAP S/4HANAの導入を検討してみてはいかがでしょうか。